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春の穏やかな日差しが降り注ぐ昼下がり、静かな町にある古い民家の屋根に

一匹の茶トラの野良猫が気持ち良さそうに昼寝をしていました。


名前のないこの猫は、町の人々から親しみを込めて「トラ」と呼ばれていました。

屋根は暖かい陽光を吸収し、まるで猫のために用意された特別な寝床のようにトラを包み込んでいます。

彼の背中を柔らかな風が撫で、周囲には満開の桜の花が風に舞いながら、

春の香りを漂わせていました。



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近くの公園では子どもたちの声が聞こえ、鳥たちが高い枝の上で楽しげに囀っています。

しかし、トラにとってそれらの音は遠い背景の音のようで、夢の中の調べに溶け込んでいるだけでした。

トラの夢の中では、自分は桜の花びらの上を飛び跳ねる、不思議な春風に乗った存在になっていました。

桜の木々の間を縫うように駆け抜けるたび、花びらがくるくると舞い上がり、空を彩ります。

町中の人々がその光景を見上げ、微笑みながら春の訪れを喜ぶ姿がぼんやりと浮かんでいました。




やがて、太陽が少し傾き始めると、トラは目を覚ましました。屋根の上から周囲を見渡すと

桜の花びらが再び風に舞って、トラの前足にそっと触れるように降りてきました。その一瞬

夢と現実が交差するような感覚に包まれたトラは、軽く伸びをしてから、ゆっくりと屋根から降りていきました。

桜の木の下を通り過ぎるとき、トラは一度だけ立ち止まり、満開の花々を見上げました。

彼の中にある何かが、春という季節の特別な魔法を感じ取っていたのかもしれません。

そして再び、彼は静かな町の路地へと足を進め、トラの春の昼下がりは終わりを迎えました。



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